読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ツイッターに書ききれないことを書くところ

ツイッターに書ききれないことを書きます

人生初の海外旅行について・マラガ編

f:id:sawasdeeclap:20170424013509j:plain

スペイン南部、アンダルシア地方最大の都市セビーリャを後にし、バスでさらに東へ、海岸都市マラガへと向かった。マラガの人口は56万人ほどで、リスボンとほぼ同じ。日本でいうと中規模の県庁所在地程度だ。

マラガではAirbnbを予約していたけれど、チェックイン時間を過ぎても1時間くらい経つまでホストと連絡が取れない。まさかここにきて道で寝るのか?近くにホステルもあったが、一泊80ユーロは高すぎる。建物の前に友達と座ってひたすら待った。

心配無用、バイクで買い出しから帰ってきたおばちゃんに迎えられ、無事に寝るところを確保した。僕はさっき着いたところですよと笑顔で言った。

続きを読む

人生初の海外旅行について・セビーリャ編

f:id:sawasdeeclap:20170421084128j:plain

4月の中盤はスペイン、モロッコ、ジブラルタルと旅行に行っていた。3ヶ国行っても交通費の合計が大学から実家への帰省よりも安いくらいだというのは、日本の交通費は高いなあという見方ももちろんできるけれど、それ以上に日本という国のスケール感をはじめて外から感じることができたといえるかもしれない。周りが大国ばかりだからだろう、小さい頃の僕は日本ってなんて小さい国なんだと思っていたし、そのイメージをずっと引きずってきたきらいもあるが、そうではないなと。リスボンからセビーリャまでの距離は、僕の大学から実家までの距離の半分に満たない。

続きを読む

中国語の部屋と、1+1=2の証明と、「東ロボくん」について

f:id:sawasdeeclap:20170408130812j:plain

前に一度、同じ言葉でも個々人の経験によって使い方などは変わってくるのだ、という当たり前のようなことを書いたが、これが実は結構面白いことだったと知った。言語学でいうところの、「推論モデル」という考え方に、知らず知らずのうちに触れていたということになる。

辞書的な意味を言葉に固定してしまう「通信モデル」では、たとえば、皮肉や間接的なお願いなどのコミュニケーションの説明がつかない。受け取り手が経験に拠って意味を推論することではじめて、複雑なコミュニケーションが成立するのだ。前の記事でも触れた『バカの壁』の「話せばわかる、は大ウソ」も、この考え方と通じるだろう。

今回は「通信モデル」の考え方からはじめて、少し別のテーマについても考えてみたい。

続きを読む

バンクシー風の落書きと、1リットルのサングリアと、地下鉄で考えたことについて

f:id:sawasdeeclap:20170330132308j:plain

リスボンに越して2ヵ月が経とうとしている。ふと、新しい音楽を全然聴かなくなってしまっていることに気づいた。

だんだん、生活に目新しさがなくなってきたのが原因か。それとも、新しい音楽を聴かなくなったことが、生活に目新しさがないように感じる原因なのか。

おそらく両方なのだ、と思う。大学への毎日の同じ景色にしても、たとえばヴェルヴェット・アンダーグラウンドを聴いているときと、レッチリを聴いている時では、気分も変わってくるものだ。大学への広い上り坂、バンクシー風の泣いている女の子の落書きが目の前に、青い空に飛行機が斜め後ろから、同時に視界に入り、『キャント・ストップ』にその飛行機の音が重なった時、なんだか高揚感を感じたことがある。それはまるで映画のワンシーンにもたとえられるような、奇麗な瞬間だった。

続きを読む

山崎邦正100つっこみと、漫才のアイデアと、千鳥の「どういうお笑い?」について

f:id:sawasdeeclap:20170226203222j:plain

お笑いを語ると嫌われる――というか、まあ何についてにしろオピニオン記事というのは読んでいて疲れるものだ。ただ何故だろう、お笑いを解説することほどエラそうに見えることもないような気がする。たとえば、M-1の分析とか。しかし僕はこういうのが好きで結構読んだりするし、どうせなら何か書いてもみたい。

僕は山崎邦正を目指しています、という話。

続きを読む

黒猫のジンクスと、宅急便と、猫界のインターカラーについて

f:id:sawasdeeclap:20170318121045j:plain

むかしどこかで「黒猫に出会うと不幸が訪れる」のようなことを読んだとき、幼いながらに黒猫の不遇さを嘆いたことがある。たとえば猫が顔をこすると雨が降るとか、そういうのならまだジンクスとしてわかる(そしてたしかこれには理由があったんじゃなかったか。髯が低気圧を感知すると言われていたんだったっけ)。しかし毛が黒いというだけで避けられるとなるとたまったものではないよな。

それから、僕は黒い猫を見かけるたびになんとなく同情のような、そんな気持ちを抱くようになった。同情というのはひどく上から押さえつけたような感情だと思うけれど、とにかくそんな気持ちだ。

続きを読む

震災と、コンタクトレンズの注文と、想像力の限界について

f:id:sawasdeeclap:20170312082318j:plain

こちらは、まだ3月11日だ。

僕が何か書いたところで、それが多くの人の目に触れるほど、このブログに影響力はない。それに、お金になることでもない。でも、たまに小難しいことを書いて、フェイスブックでセルフシェアなんかして、たとえば意外な人からの「いいね!」に喜んでいる僕としては、ほんとうに身もふたもない言い方をすると、震災というものを自己顕示欲のねたに使っているみたいで。自分でこんな風に書いているとますます自分がそう思えて、それに言い訳を探しているようで、嫌になる。とりあえずセルフシェアはしないでおこうと思うけれども。

それでも書くのは、考えたこと、伝えたいことがあるからで、そんなことに関しては記録に残しておきたい、大切な人に伝えたい、という気持ちが上回るからだ。

続きを読む