ツイッターに書ききれないことを書くところ

ツイッターに書ききれないことを書きます

ルカ・モドリッチ、名は体を表す?

ワールドカップのMVPがクロアチア代表のモドリッチに決まったようだ。しかしよく考えるとモドリッチっていう名前、可愛くないですか。クロアチア代表は"~ッチ"で終わる名前の選手が大半だ。そうでなくても、ベテランDFのチョルルカ(前回のワールドカップで…

『夜間飛行』と『インターステラー』、進歩と犠牲

サン=テグジュペリの『夜間飛行』は、かつて航空機の夜間就航が危険で、一般的ではなかったころ、著者が自らのパイロットとしての経験を生かして執筆した作品である。 クリストファー・ノーラン監督の2014年公開の映画『インターステラー』は、終焉に向かい…

生活は続く、恥ずかしい文章も続く

12月は一瞬で過ぎた。気づいたら月末かつ年末で、留学も終わりかけで、僕はフランクフルトからパリに向かう列車の中にいる。一度乗り換えがあって、寝過ごすとスイスまで飛ばされてしまうので寝ようにも眠れない。 2017年は僕にとって、その大部分を海外で過…

人種的マイノリティとしての留学と差別、あと星野源

留学とは僕にとって、人種的にマイノリティになった初めての経験でもある。そこで人種、もしくは差別について考えたことがいくつかある。というわけで、一つのごくごく小さな出来事と、それについて考えたことを書いてみる。

夏目漱石の前期三部作

ここひと月くらい、夏目漱石の"前期三部作"と呼ばれるものを少しずつ読んできて、最近読了した。『三四郎』『それから』『門』の三つのことだ。留学中は青空文庫のありがたさが身に染みる。 今更のようだが、夏目漱石の文章は本当に凄い。僕の印象としては、…

日本の借金は"ヤバい"のか、について思うこと

確か小学生の時に、報道番組でこんなやり取りを見た。 日本で消費が落ち込んで景気が悪くなっているというニュースの時だったと思う。経済学者が、政府がもっとお金を刷れば解決する話だ、と主張した。周りの演者は一斉に「へえー」となった。それ以上の説明…

写真を貼るだけの旅行記・マルセイユ編

トゥールーズは女性的で、マルセイユは男性的な街という印象を受けた。それがどこから来るものなのかは、よくわからない。

写真を貼るだけの旅行記・トゥールーズ編

南フランスを一人で旅行してきた。前学期のスペイン・モロッコ・ジブラルタルは、途中までは3人、途中からふたりでの旅行だったので、ひとりでの海外旅行は初めてになる。

バスタオルを買った思い出

この秋から留学を始めた同期の写真などを、最近よく見かける。それで自分の留学当初を振り返ってみると、とても小さな出来事でも、なぜかはっきりと絵が描けることがいくつかある。一つ思い出したので書いておこうと思う。

それは自分の一部になって残っていく、かもしれない

およそ2カ月ぶりの更新になる。日本にいる間は折角なので、日本語の文章のインプットを増やそうと考え、書くほうはしばらく休止することにしていた。結局アルコールばかりインプットしていた気もするが…… 一時帰国中、このブログの感想等もいろいろ頂いたこ…

携帯電話がなかったころの待ち合わせ

スマートフォンはおろか、インターネットも普及していなかった頃の待ち合わせとはどういうものだったのだろうか。

『変身』と、『皮膚と心』と、蚊帳が出てくる小説について

ある朝、目が覚めると僕は自分の右眼が腫れあがっていることを発見した。 フランツ・カフカの『変身』みたいな書き出しならこんな感じになる。(こんな感じだっただろうか?) 僕の場合は幸いにして虫になっていたわけではないが、寝ている間に虫にやられたの…

二十一歳と、『17歳』と、20歳(体感時間における人生の半分)について

"二十一歳の彼女は今日も歌を歌ってる"と始まる、斉藤和義の『アゲハ』という曲がある。先日これを聴いていて、そういえば自分もう21じゃないかと気づいた。ちょっと狼狽にも似た心持がした。

誰かと別れるときには何と言うべきか?

誰かと別れるときはいつも、最後に何を言っていいかわからなくなって困ってしまう。 皆、日本に行くことがあったら連絡するから、とか、ここに来てくれたら案内するから、という。しかしその言葉をきくのがいちばん切ない。ほとんどのことはどうせ実現しない…

ラジオヘッドと、中学英語の長文読解と、英語を勉強しに大学へ行くことについて

久しぶりにレディオヘッドを聴く。 僕のレディオヘッドとの初めての出会いは確か、中学生くらいの時に市の図書館で『Kid A』のアルバムを借りたことだったと思う。善き洋楽齧りたてボーイとして、オアシスとかグリーンデイばかり聴いていた。そこから少しず…

人生初の海外旅行について・モロッコ編(後半)

旅行記も週一ペースでゆっくり書いていたら、そろそろ一ヵ月も経つのに完結していないということになってしまっていた。もう記憶もだいぶ薄れてしまっているが、前回の記事に「前編」とつけてしまったことだし、一応覚えていること、思ったことを書き留めて…

人生初の海外旅行について・モロッコ編(前半)

「アフリカの土を踏む」ということしか考えていなかったので、ろくに下調べもせずにモロッコに行った。今になって考えると、インターネットに頼れるポルトガル国内旅行と同じ感覚で行ったのは無鉄砲だったとしか言いようがない。そういう性向は時にとんでも…

人生初の海外旅行について・マラガ編

スペイン南部、アンダルシア地方最大の都市セビーリャを後にし、バスでさらに東へ、海岸都市マラガへと向かった。マラガの人口は56万人ほどで、リスボンとほぼ同じ。日本でいうと中規模の県庁所在地程度だ。 マラガではAirbnbを予約していたけれど、チェック…

人生初の海外旅行について・セビーリャ編

4月の中盤はスペイン、モロッコ、ジブラルタルと旅行に行っていた。3ヶ国行っても交通費の合計が大学から実家への帰省よりも安いくらいだというのは、日本の交通費は高いなあという見方ももちろんできるけれど、それ以上に日本という国のスケール感をはじめ…

中国語の部屋と、1+1=2の証明と、「東ロボくん」について

前に一度、同じ言葉でも個々人の経験によって使い方などは変わってくるのだ、という当たり前のようなことを書いたが、これが実は結構面白いことだったと知った。言語学でいうところの、「推論モデル」という考え方に、知らず知らずのうちに触れていたという…

バンクシー風の落書きと、1リットルのサングリアと、地下鉄で考えたことについて

リスボンに越して2ヵ月が経とうとしている。ふと、新しい音楽を全然聴かなくなってしまっていることに気づいた。 だんだん、生活に目新しさがなくなってきたのが原因か。それとも、新しい音楽を聴かなくなったことが、生活に目新しさがないように感じる原因…

震災と、コンタクトレンズの注文と、想像力の限界について

こちらは、まだ3月11日だ。 僕が何か書いたところで、それが多くの人の目に触れるほど、このブログに影響力はない。それに、お金になることでもない。でも、たまに小難しいことを書いて、フェイスブックでセルフシェアなんかして、たとえば意外な人からの「…

トランプ現象におけるフェイクニュースと、イタリア語での悪口と、我ながら的を得た意見について

先日、BBCかどこかのウェブメディアでフェイクニュースの特集をやっていた。せっかくの機会なのでフェイクニュースについて色々と読んでみた。 今、僕たちは「post-truth」の時代に生きていると言われている。情報の正確さよりも、いかに読み手の読みたいも…

行列のできるパステル・デ・ナタの店と、テスト範囲の文学史と、世界の半分くらいある南極大陸について

そういえば、観光地を回ろう、と思ったことがあまりない。 国内のいくつかの有名な観光地には行った。アルファマ、ベレンの塔、発見のモニュメントなど。しかし、アルファマに関しては自分からふらりと立ち寄ったものの、ほかの場所に関しては行きたいという…

死と、永遠の生と、カート・コバーンについて

「何かを残したい」という気持ちは、ある意味で不死というものへのあこがれと背中合わせなのだろうか。

パーティーでなくなったiPhone7と、画面に現れた「容疑者」の意味について

数日前の話になる。 僕たちのフラットで、退去するイタリア人のお別れパーティーがあった。フラットメイトであった僕と、ブラジル人の男性二人、ペルー人の女性一人も参加していた。友達の友達が呼ばれ、参加者は30人を超えていたと思う。ホームパーティーが…

語学と、ウィトゲンシュタインと、小さな食堂で食べる夕方5時のランチについて

前回の文章を、日本語を勉強している人が見てくれているとは思っていなかった。巧さという面でもそうだが、内容に対して分量が長すぎたことはとてもよくなかった。文章と話の長さは必要最小限にしなければ、と思いながらどうしても長々となってしまうものだ…

葛飾北斎と、量子論と、アイリッシュパブについて

ポルトガルに到着して一週間がたち、授業も大体要領がわかってちょっと気を抜くようになってきた。マネジメント基礎の講義はかなりゆったりとしたリズムで流れることもあり、クラスの様子をぼんやり眺めていると、隣の学生が落書きをしていた。それは、なん…