ツイッターに書ききれないことを書くところ

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パーティーでなくなったiPhone7と、画面に現れた「容疑者」の意味について

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数日前の話になる。


僕たちのフラットで、退去するイタリア人のお別れパーティーがあった。フラットメイトであった僕と、ブラジル人の男性二人、ペルー人の女性一人も参加していた。友達の友達が呼ばれ、参加者は30人を超えていたと思う。ホームパーティーが終わり、僕と退去する彼、そして数人のイタリア人がそのままの流れでクラブに行くことになった。ほか三人のフラットメイトは残った。リスボン中心部へ出ていくために通りを歩いてタクシーを捕まえようというときに、電話が鳴った。

「フラットメイトのブラジル人のうち、片方の携帯がなくなった」、という話だった。

 

僕たちが家から出ていくタイミングで、ソファーの上に置いてあった携帯がなくなっていたという。おそらく盗まれたのではないか、という話であった。なぜならば、一回目のコールには成功したが、二回目は電源が切られていたから。携帯は充分に充電されていたという。

僕はそれを聞いてすっかり酔いが醒めてしまった。海外は日本と違う、気をつけろとよく言われていたものだが、今までこれといってトラブルにあったことはなかった。まさか自分が住んでいるところで、何かが起こるとは。

同行した友達に尋ねても誰も知らなかった。フェイスブックのイベントページにも、僕と退去するイタリア人が何か知らないかと投稿したものの、何もなかった。最後に携帯をなくした本人が投稿した。「誰か知りたくはありません」、そう書かれていた。「祖母とのものや、いろいろな思い出の写真が入っているのです。もし持って行ってしまった方がいらっしゃったら、XXのポストに入れておいてください」。

彼は英語ができないはずなのだが、翻訳サイト等を使って推敲を重ねたのだろう。それはとても丁寧な英語で書かれていた。


携帯は昨日フラットに戻ってきた。
僕はその時昼寝をしていたのだが、外の話し声で目が覚めた。リビングにいたペルー人女性の話によると、あの日パーティーに参加していた、あるポルトガル人男性が携帯を持ってきたのだが、様子がおかしい。もう40分くらい話し込んでいるのだ、という。ポルトガル語なので、僕も彼女も何を言っているのか全く分からない。

のちに話の内容が明らかになった。


彼はその携帯を、知人の警官から預かったという。あのパーティーの後、だれかが間違えて携帯を持ち出してしまった(それが誰なのかについては触れられていない。少なくとも僕は聞いていない)。持ち出した人はそれを地下鉄に置き忘れてしまった。その後ある少年がそれを拾って警察に届け、警察が知人であったそのポルトガル人男性にそれを預け、そして今届けに来たのだという。

明らかに不審だ。しかし話はそれだけではない。
まず彼は、僕たちがイベントページに投稿した文章の削除を要求した。そしてつぎに、金銭を要求した、という。その額100ユーロ。飛行機でマドリードまで行って帰ってこられる額である。それは彼自身でなく、警察の手にわたるものだと説明したそうだ。
そしてフラットメイトは実際にそれを支払ったのだという。
ポルトガル人は、警察はのちにさらに多額の金銭を要求するかもしれない、と言って去っていた。

この時ほど、自分がポルトガル語を話せないことを悔しく思ったことはない。
それならば彼と一緒に警察に行くべきだ、と僕は主張したかった。そして実際に、翻訳サービスを使って、そう主張した。

返事も翻訳サービスを通じて返ってくる。完全な文章ではなかったが、僕が理解するのに何不自由なかった。最初の画面には「警察に行くことを恐れている」とあった。次に「容疑者」と。

友達を疑いたくない、というのならまだわかる。しかしそのポルトガル人はパーティーで知り合った、言うならば赤の他人だ。かなり悪質な事案であろうし、厳しい対応をするのが当たり前ではないのか。なぜ疑わないのだろうか。
いや実際のところ、表情などを見ても、彼は疑ってはいたのだろう。しかし警察に行くことは最後まで嫌がった。

 

僕にはそれがいわゆる「泣き寝入り」でないことだけははっきりとわかった。


「日本人は騙されやすいから」「泣き寝入りしがちだから」「ヨーロッパのスリやひったくりは悪質だから」と、僕は精一杯警戒して初めての海外にやってきた。友達だと思っていた人に騙されて身ぐるみ剝がされた人の話を聞いた。もとより、騙されること、裏切られることを非常に恐れている僕だ。保険会社からしたら80点は下らない警戒のしようだと思う。

でも、人を信じる、ということの――たとえ少しの疑いが残るとしても、そこを赦す、ということの――美しさとは。それは損得も、正しさと間違いも、もしかしたら生死をも、何もかも上回るものなのかもしれない。いくら良い生き方をしたところで、騙されて死んだらおしまい、なんにもならない。それはもっともなことであり、違う光で照らせば、もっともではないことである。笑ってくれ。


初めて出会った日に彼がこう言っていたのを、僕は鮮明に覚えている。
「ブラジルはみんな危ないところだというけどね」、笑いながら。「実際はそうでもないよ」。

音楽:クレイジークレーマー - andymori