ツイッターに書ききれないことを書くところ

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黒猫のジンクスと、宅急便と、猫界のインターカラーについて

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むかしどこかで「黒猫に出会うと不幸が訪れる」のようなことを読んだとき、幼いながらに黒猫の不遇さを嘆いたことがある。たとえば猫が顔をこすると雨が降るとか、そういうのならまだジンクスとしてわかる(そしてたしかこれには理由があったんじゃなかったか。髯が低気圧を感知すると言われていたんだったっけ)。しかし毛が黒いというだけで避けられるとなるとたまったものではないよな。

それから、僕は黒い猫を見かけるたびになんとなく同情のような、そんな気持ちを抱くようになった。同情というのはひどく上から押さえつけたような感情だと思うけれど、とにかくそんな気持ちだ。

 

「黒猫 不幸」で検索をかけてみる。

スピリチュアルなサイトとか、NAVERまとめとか、2chまとめとかばかりが出てくるが。黒猫は逆に幸福を呼ぶのだ、と言っているサイトも結構ある。考えてみればもし黒猫が本当に不幸を運ぶ存在なのだとしたら、某運送会社は毎日日本中に不幸を運びつづけていることになる。マイナスのイメージばかりでは会社の象徴になれないだろう。

あるサイトによると、西洋文明の影響を受けるまでは幸福を運ぶ存在とされていたが、それ以降は一転、不幸を運ぶ存在とされたのだそうだ。

そういうのって、ある日からぱたりと変わるものでもないだろうから、やっぱり当時を生きていた黒猫たちは徐々に自分たちへの見方が変わっていくことに気づいていったのだろうか。以前は往来で丸まっていればみんなが撫でてくれたり、食べ物をくれたりしていたが、だんだんそんなことがなくなっていってしまって。苦沙弥先生の家に住んでいた猫みたいに、人間社会を観察して、そうか、これからは黒猫は冷遇される運命にあるのか、と悲しんだのか。

 

いや、猫は人間に優しくされたがっている、というのがそもそもとんだ思い込みに過ぎない。

実は喜んでいたのかもしれない。もしかしたら、幸運を運ぶとか言われて、人間の厚かましすぎるお世話に嫌気がさした猫のほうで「黒猫の時代は終わらせる」と決めたのかもしれないな。ファッション業界みたいに。

 

フラットから近くのスーパーマーケットへの道に、いつも見かける一匹の黒猫がいる。今日、そいつは、近所のおじさんが話しかけるのをつんとした目で受け流していた。猫が人間みたいな心情をもっているわけがないだろう、と言われてしまえばそれまでだが、なんとなくそんなことを想像せずにはいられなかった。

音楽:K - BUMP OF CHICKEN