ツイッターに書ききれないことを書くところ

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『変身』と、『皮膚と心』と、蚊帳が出てくる小説について

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ある朝、目が覚めると僕は自分の右眼が腫れあがっていることを発見した。

フランツ・カフカの『変身』みたいな書き出しならこんな感じになる。(こんな感じだっただろうか?) 僕の場合は幸いにして虫になっていたわけではないが、寝ている間に虫にやられたのだ。鏡を見るとまるで目を殴られたようになっている。目だけでない、右肘と左手の親指の付け根当たりが痒みをもって大きめに腫れていた。

 

思い当たることはあった。前日の夜はいろいろあってリビングのソファで寝ており、夜中に蚊に刺された痒みで一度起こされた。しかしその時は普通の虫刺されの症状があっただけだった。なぜ今回はこんなに腫れたのだろう?

その日は久しぶりの友達と午後から会う約束もあったので、どうしようかと思った。何より痒いのが困る。とにかくどこかが腫れた時は冷やすのが一番だろうということで、タオルを水で濡らして冷凍庫に入れ、それを目に当てた。目に当てながらジャルジャルのコント動画を見た。

 

なかなか腫れがひかないので、いったいこの症状は何だと検索してみる。

そもそも蚊に刺されて腫れや痒みが起きるのは、蚊が血を吸う前に流し込む液に対するアレルギーだ。アレルギーは異物に対しての抗体の働きだが、同じ異物が何度も入ると、だんだんそれには過剰反応しなくなっていく。年を取ると蚊に刺されてもあまり痒みを感じなくなるそうだ。今回の場合、おそらく今までにあまり経験したことがない種類の蚊に刺されたと考えるのが妥当だろう。

昼までずっと冷やし続けて、なんとか収まってきた。結果的には翌々日に目の腫れは完全にひき、その次の日には手の痒みもだいぶ収まってきた。虫刺されでこれほど苦しむとは思わなかった。

 

最近太宰治の『皮膚と心』という短編を読んだのだが、語り手が痒みについて述べる部分がある。

痒さは、波のうねりのようで、もりあがっては崩れ、もりあがっては崩れ、果しなく鈍く蛇動(だどう)し、蠢動(しゅんどう)するばかりで、苦しさが、ぎりぎり結着の頂点まで突き上げてしまう様なことは決してないので、気を失うこともできず、もちろん痒さで死ぬなんてことも無いでしょうし、永久になまぬるく、悶えていなければならぬのです。これは、なんといっても、痒さにまさる苦しみはございますまい。

読むだけで痒くなってくる。

痒みは、たしかに自分の中に異物を入れることを防ぐという意味で必要な感覚なのだろう。しかしやはり辛い。せめて蚊に血を吸わせる場所を指定することはできないんだろうか。指先や顔、たまにある足の裏なんかは本当にやめてほしい。耳元で羽音をたてたり、踵を刺したりすることに、特に蚊のほうにもメリットはないじゃないか?

 

痒みを感じずに多少血を分けることができるならそうしてあげたいが、そうもいかないので刺されるのを予防するしか道はない。海外の蚊は、場所によってはどんな菌を持っているかわからないという点でも危険だろう。そういえば昔の小説には夏の風物詩としてよく蚊帳が出てくる。蚊帳を吊って寝る、というやつだ。ベッドで寝る文化が広がるとともになくなってしまったのだろうが、何となく風流な気がする。ちょっと体験してみたい、と異国の地で思う。

音楽:それだけ - SUNNY CAR WASH